Wonderwallから始まり、ノエルに終わる

インターネットから雑多な世界までクローズアップ、日記、エッセイアラカルト

マイナンバー制度の行きつく場所

病院の手続きのひとつにマイナンバーでの提出を求められました、一週間前の出来事です。

僕は既にマイナンバーを取得していたので、特に動じるところがなかったけども、

初めてのマイナンバーカードの使用となったわけです。

 

マイナンバー制度によって、夜の街は戦々恐々といったふうな記事を

インターネットで目にしたことがあります。

要するに、副業がごまかせなくなるので、キャバクラやその他で働いている女の子

は、いったいどうすれば良いのか? という内容の記事です。

 

マイナンバーのシステムは、NTTデータNTTコミュニケーションズ日立製作所NEC富士通が行っています。システムに不備があり、まだ運用の本格的な段階として

完全ではないという新聞記事を見たことがあります。

 

マイナンバーの登場は、「副業がバレる!!」というふうな安直なものに留まらず、

「人間の社会的立ち位置の階層化」につながっていくのではないか、というのが僕の予想です。

 

「キャバクラや性的な水商売」に経歴がある女の子を、例えば大企業の経理担当

として採用しないでしょう。

そこには偏見があるし、企業としての面子にも関わります。マイナンバーによって

露見したその事実が齎すものは、非採用という冷たい現実です。

 

最も、露見してしまって、会社を辞めることになっても、「キャバクラや性的な水商売」の同階層になら、自分の身を置くことができます。彼女たちを受け止めるネットがそこにあります。

 

僕だって、病歴のことがマイナンバーに記載されてしまったとしたら、世間の側面で不利にならざるを得ません。求められたということは、収集されるということですから。

 

日本は国民を管理したがっている。そこに生じてくる様々な変化とITというツールに、正しい情報を身に着けるスキルといったものがますます重要になっていくことでしょうね。

 

水商売だって溌剌と生活している女の子もたくさんいるでしょう。問題は、その情報を第三者に知られてしまうということです。

 

企業がどこまでマイナンバーの情報を参照するのか分かりませんが、「窮屈な時代」が訪れるような気がして、手元にあるマイナンバーの個人カードを眺めています。

年を重ねるということについて

僕は1979年生まれの36歳です、この年代に生まれたことを少しばかり誇りに思っています。村上春樹の初めての小説『風の歌を聴け』が群像新人賞を取った年だからです。

村上春樹はこの時30歳で、大して期待もせずに、小説を投函し受賞しました。

 

評者の言葉は「新しい文学の始まりである」といったものから、「君の小説はずいぶんな問題がある」というものまで。

この年代に生まれたことのポイントは、すぐに村上春樹の年齢を知ることができるということです。僕の年齢に30を足せば良い、とたまに彼の年齢を計算します。

 

『年を重ねる』というのは、村上春樹の小説『ダンス・ダンス・ダンス』の登場人物、五反田が述べるように、ひとつ、ひとつ重ねて取るものではなく、一瞬でとってしまうものだ、というセリフがあります。

 

僕の場合は、新しい音楽を聴くことをやめ、アウトドアやスポーツに興味を示すこともなくなり、めっきりライブや野外コンサートに行かなくなりました。

 

ユーチューブなどで、新しいものに触れる機会はあるのですが、その音楽が胸を貫くということはなくなりました。

 

幸いにも物覚えが悪くなったりすることはありませんでした。

 

失っていったものに、時々その想いを馳せます、しかし、時代の流れが彼女たちやシチュエーションを奪い去ってしまって、僕はあの時抱いていた感情を思い起こすことができません。

 

小説の言葉通りに、それは一瞬の出来事だった。ブログのタイトルは『Wonderwallから始まり、ノエルに終わる』。その言葉は僕のなかに流れている時代を示しています。36歳という場所からしか出発できない、もどかしくもあり、当たり前のこととして僕はこのエッセイを書いています。書いていくことで、過去や出来事が具象されていくのかもしれない、そういった心の夏の夜です。